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ぱーぷるわんこ

関西の無限大なお兄さんと薔薇のせくしーな子供たちの感想ブログ。算命学かじり始めました。

風磨と健人

ちょうどせくぞんちゃんが5周年を迎えるあたりから、ものすごーくまた、ブームが来ています。
それもこれも近所の図書館にせくぞんちゃん5人が表紙のMyojoさんが置いてあったせいです。おかげです。ありがとう図書館。ありがとうMyojoさん。

もともとせくぞんちゃんを好きになったきっかけもふまけんシンメなのですが、この5年、いや入所してから8年と半年、いっぱい成長したなあと思うところが多々あって、そっと個人的ふまけん観を書き連ねていましたが、自分用にまとめておきたいなあというのがあったので、ひさびさにこのブログを活用することに思い至りました。

あくまで私見。私の妄想、に近いのかも。記憶違いも、たくさんあるかもしれない。
でも、なんだかんだで、ふまけんをふんわりとでも認識してきたのは長いなあと思うのです。がっつり追いかけてる期間が短いからこそ、見えているものもあると思うから。いま、このとき、私の感じているふまけんを、どこかに記しておきたいのです。



ふまけんをちゃんと好きになったのってデビューしてからだし、ちゃんと追っかけることができていたのはほんとにごく短い期間で、あとはなんとかぎりぎり情報うわべだけ漁ってる状態です。こと、この2年半は、私自身が忙しいことと金欠だったこととBSが映らない地域に住んでいたせいで、少クラすら見れず、CDもほとんど買わず、ライブなんかはもってのほか、という状態でした。

それでも最初の最初、存在を知って可愛いなあと思ったのはほんとまだ岬くんと3人だったB.I.Shadowのころのこと。

あのころ、B.I.Shadowはただの「ドラマでモブ生徒として一緒になっただけの3人」だった。健人も風磨も新人で、先輩の岬くんに引っ張っていってもらってる感じ。せくぞんちゃんがデビューしたころの下三人より、もっと経験が浅かった。
それが、気付けば北斗が加わって、お兄ちゃんに、先輩になった。風磨より健人の方がお兄ちゃん感があったように思う。風磨は健人より、友達ができた感があったかな。そして同時期に、岬くんはジャニーズ事務所から、いなくなった。

エイトさんのついでにただくまなく雑誌を読んでただけの私は、Jrはやっぱりころころメンバーが入れ替わるんだなあという印象で。岬くんがいつ辞めたのかもいまいち把握できていないような。
そんな中、北斗と3人のころのB.I.Shadowは、ちゃんとアイドル誌の記事を読んだ覚えがある。全員がシュッとした顔立ち。きれいな顔。なのに、そのとき抱いた印象は、「3人とも、みんな顔が似てるなあ、個性が見えないからこの子達はこれでデビューはないんだろうなあ」と、そう思ってた。

それが一気に目が覚めるように引き付けられたのが、中山優馬w/B.I.Shadowという、「デビュー」。
正直、絶対売れないと思った。
その頃私は、関西の子ということで、Hey! Say! 7westだった優馬くんの方を応援していた。優馬くんは、当時まだNEWSとエイトさんを掛け持ちしていた亮ちゃんのように、という触れこみで、それが余計に、優馬くん以外のメンバーが初期のNEWSのようにいろんな問題を抱え込んでしまうように思えて不憫だった。
それに、グループ名が、あまりにもあまりで。「ジャニーズ史上初のフルネーム入りグループ名」。それに割を食ったのは、with、というおまけ扱いの若い子供が4人。「デビュー」という言葉が先行して、ああこの子達は一生「脇役」なんだな、と思った。

それに、新たに入った高地はともかく、元のB.I.Shadow3人は顔がよく似ていたし、優馬くんの陰に隠れてデビューというのはほんとに可哀想で。
そのころのインタビュー記事に載っていた特技は、健人がボイパ、風磨がラップ、北斗も空手という武闘派で。可愛らしい見た目に反して男くさいような特技を言ったのを見て、この子たちはKATーTUNを目指すのかな、なんて印象だけが軽く残った。

あのころのふまけんはまだそんな、個性の目立たない、2人だった。

その後優馬くんはw/B.I.Shadowじゃなくて、NYCとして活動するようになって。気づけば、中山優馬w/B.I.Shadowのことも、NYCboysのことも、「なかったこと」にされてしまった。
私はそれを見て、ファンじゃないながらも安堵を覚えていた。一人だけ特別扱いでその他がおざなりのグループより、いくら掛け持ちが多くて3人のグループでも、対等のグループのほうが優馬くんによってはいいだろうと思ったから。
B.I.Shadowの4人についても、ああ「脇役」じゃなくなったんだね、よかったね、ぐらいに思ってた。
後で知った。全然よくなかった。
「デビュー」が大人の事情で「なかったこと」になったこと。あの4人にとって、とりわけ風磨と健人にとって、とても大きかったんだろうなあと今は思う。
NYCが3人になったころ。当時の映像を垣間見ると、もうすでにそのころ、健人は「キラキラ王子」で、風磨は「やんちゃ少年」だった。最年少でまだ少し幼い北斗と、入所したてで右も左もわからない高地を横に、それまではただ可愛くてきれいな顔をしていた似た者同士のように見えた風磨と健人が、「ふまけん」になったのは。目立たないと捨てられる、人気が出ないと捨てられる、そんな「大人の事情」を目の当たりにしたからだったのかもしれない。

ただ、これは想像だけど。このとき健人や風磨が少しホッとした部分もあったんじゃないのかなと思うのは、デビューが立ち消えになったことで、ちゃんとJrとして「主役」になれたこと。Jrの中でも、一度CDを出したこともあるB.I.Shadowは上位にいたように思う。4人のBI時代は、そうやって風磨や健人の自信になったんだろうし、その間に、ふまけんのあの負けん気とプロ意識が育まれたんだろうと思う。

そんな時期が、1年〜1年半ほど。4人の中では先輩だったふまけん。ずっと同じグループで、ずっとシンメのふまけん。個性を出すようになって、ラブホリ王子とやんちゃ坊主が、今度は自力でデビューを目指すようになった。あの時代はまだ、大人の事情なんかに負けないぞ、なんていうガッツと甘さがあったのかなと思う。
まだ子供だった。純粋だった。

そんな中でのSexy Zoneでの結成。そして、デビュー。
あのときは5人の中で圧倒的にふまけんだけが知名度があって、Jr歴もほぼないようなのが3人。そのくせ後輩が0番で、しかも太刀打ちできないような「特別カッコイイ」男前で。ふまけんが「大人の事情」にぶつかったのは思えばあれが2度目なのかな。

私は、名前ぐらいは把握していたけれど、ちゃんとせくぞんちゃんを知ったのは、デビュー1年足らずの頃。見たとき、何がどうとは言えないけれど、とにかく衝撃だった。今はバランス悪くても、必ずいつか売れるグループだと思った。そしてその中にかつてB.I.Shadowだった風磨と健人がいることを、はじめて知った。

Sexy Zoneを知れば知るほど感じたのは、「ちがう!」と全身全霊で表していた風磨。そして北斗や高地のことを一切語らなくなった健人。かつてのBIファンも荒れていた。健人のファンも風磨のファンも、北斗のファンも高地のファンも。
私にとっては、B.I.Shadowのデビューは現実的には厳しいだろうと思えていた。Sexy Zoneのほうが確実に売れると思った。そんな私でも、痛々しいから戻してあげてと思わずにはいられないほど。
無理やりにでも前を向いて後ろを封印した健人と、前に進めないままの風磨。それはデビューから、およそ1年半から2年ぐらい。ふまけんのスタンスが一番違った頃なのかなあと思う。
前を向かない風磨はグループを見据えていないように見えたし、後ろを向かない健人はそれまでを否定してるように見えた。あの頃は、それでも前を向いていた健人のほうが大人の対応に見えたけど、今思えば2人とも子供だったんだろうなあと思う。突然の大人の事情についていけなかったんだろうなあ。傷を見ないふりしてる子供だった。

それでも、デビューして仕事が増えて圧倒的に忙しい中、グループの中では圧倒的に先輩で。あとは経験不足の0番と、ただの子供が2人。何をするにもふまけんが引っ張る必要があって、でもそれは殆ど健人が担っていて、いつもどこか張り詰めていたように思う。そして風磨は、かつてKAT-TUNを追いかけていたころに仁くんに感じていた何かを、いつも漂わせていた。

幸か不幸か、それが崩れたのが、格差戦法の始まったころ。そう、風磨が腹をくくり始めたように見えたのは。
ワンセクのころ(12.11月)のころはまだ不安に見えたものが、リアセクのころ(13.5月)にはなんとなくそれがなくなって、Duバイのころ(13.10月)にはもうとっくに大丈夫になっていたように思う。

「大人の事情」に翻弄される、3回目。健人とは少しグループに対するスタンスが違ったにしても、このグループすら壊れるともうどこにも戻れないことはわかっていたはずで。だから。焦ったのかなあ、「グループのために」、風磨がそう口にし始めたのが、多分そのころ。
もしかしたら、それは格差戦法とは関係なかったのかもしれない。たくさんの、変化があった年だと思う。北斗と高地がバカレア組として安定したからだったのかもしれないし、風磨の受験が終わって大学に進学したからかもしれない。ファーストアルバムを出すことで、何か一区切りあったのかも。いろんな、ファンの知らない変化があったのかもしれない。でもそのころの風磨は、それまでのように、見ていて不安になることが少なくなった。風磨の転機に思えた。

でも、どうなんだろうなあ。また訪れた変わり目は、格差戦法が始まってから、1年ぐらいだったのかな。
最初のころ、格差戦法に必死で抵抗してたふまけんが、抵抗しても暖簾に腕押しだったのかもしれない。どれだけ抵抗しても受け入れられない「大人の事情」をそれまでにも経験してたからかもしれない。多分それは、とうとう3人体制に突入した、男never(14.10月)のあたりから。
「今はそれぞれに頑張る時期だから」。
今度は2人が、口を揃えてそう言っていたように思う。
ふまけんが、傷から目を背けていたのがデビューして1年半〜2年ぐらい。1年半頃から格差戦法が無視出来なくなって風磨が前を向いて。抵抗しはじめて1年ぐらいで諦めて。
2016年の、健人が衝撃の8.25と称するあの日まで、2年間「口をきいていなかった」というふまけん。

正直なところ、この頃のことを私はほぼ知らない。時間もお金もなくてほとんどせくぞんちゃんを追えていなかった。でも、たまに読む雑誌で、コンサートのレポで、見かけた言葉。
「今はそれぞれに頑張る時期だから」。
その言葉は、ふまけんが5人を諦めない証だったのかなと思っていた。いつか5人に戻るために頑張っているのかなと。でもどこか、安心するはずなのに痛々しかった。
本当のその言葉の意味は、諦めない証だったのではなく、諦めたことから目を逸らしていた証だったのかもしれない。ずっと辛かったんだろうなあと、いまは感じる。
辛いとき、ふまけんはお互いから目を逸らすんだね。

辛いときにお互いを見てしまったら、心の内を打ち明けてしまったら、もっと辛くなるからなのかもしれない。デビューしたてのころに傷の塞ぎ方が真逆だったからかもしれない。この2年間、ふまけんが「口をきいていなかった」ことこそが、2人の抱える傷の大きさを表しているようで。
「ビジネスシンメ」。そんな言葉は似合わない2人だと思っていたのに、そんな真逆の認識が当然のものとなってしまうような、2年…いやそれは多分、5年弱。

風磨が、「メンバーのソロコンには行かない」と断言していたという2015年。
風磨が、健人との関係を「このままじゃだめだ」と思い始めて起こった8.25。
その間には、格差戦法の終わりという、それがやっぱり大きかったのかなあなんて思う。
もう傷を見ないふりしなくていい。グループのために、前を向いて頑張れる。
風磨は不器用なんだな。ほんとに。

ふまけんの「雪解け」は、起こるべくして起こったのかなと思います。きっかけが、8.25だっただけで。
きっと、何も問題がなければふまけんは多分ずっとふまけんなんだろうなと思う。でも、何か問題があってふまけんが近くにいないときって全部風磨のせいなのかなあとも。

健人はいつも受け身ですよね。1人っ子だからかな。風磨に拒否されるのが怖いのかな。自己防衛の一種なんだろうな。
「菊池」だなんて呼び始めたのも自己防衛の一貫なのかな、なんて。
かつて、風磨が「中島」なんて呼び出したのは、ただ背伸びしたいお年頃だったんだろうなと思うのだけど、健人が「菊池」と呼び始めたのはほんと、少々当てつけに思えてしまう。
いや、口を利かなくなって1年、もしかしたら、話のきっかけにでもしたかっただけかもしれないし、ほんとに、世間の人に「菊池」という、そうありふれてはいないその苗字を広めたかっただけかもしれない。最初は「聡」と呼んでいた聡ちゃんを、気づけば「松島」と呼ぶことが多くなったのと同じように。
でも、あまりにも健人の「菊池」呼びには違和感を覚えてしまって。ちょっぴり、当てつけの気持ちもあったんだろうなあなんて、やっぱり思ったりします。

こうやって過去を振り返ると、8.25以来の今のふまけんは、やっとある意味で一つの完成形に辿り着いたんだと思う。ふまけんがちゃんと「ふまけん」でいるための「仲間」はきっと今後5人から変化することはなく。それを障害するものも、きっとない。
かつての、まだ何も知らなかったころの、風磨と健人にはもう戻れないのかもしれない。でもきっと、こうしてたくさんの壁を乗り越えてきた2人こそが、「ふまけん」だから。
もちろん今後も、風磨と健人がぶつかる壁はきっとたくさんあって、大変な出来事がたくさんあって。それでも、Sexy Zoneが5人のせくぞんちゃんである限り、ふまけんは今後もずっと「ふまけん」なんだろうなと。
そして今後は、この完成形の「ふまけん」を、どんどん変化させていくんだろうなあと。

そんな2人を、そして5人を想像すると、とてもとても、楽しみです。